今 注目の瞽女唄が 萱森直子さんによって青山で!!
9月21日(日)に東京、青山で 『越後瞽女唄をきく会』を開催いたします。
萱森直子さんは、最後の瞽女といわれ瞽女の無形文化財保持者に選択された小林ハルさんの最後の直弟子の方です。晩年の小林ハルさんに認められて、亡くなる間での十数年間、ハルさんが持っている瞽女唄の多くを伝授されました。新潟市の出身で、津軽三味線を身につけ、越後の風土で鍛えられたハルさんの芸を 素直に受継いできた貴重な方です。この萱森さんの努力によりハルさんの瞽女唄が形を崩すことなく現代によみがえりました。
『小林ハルさんから受継いだ 越後の瞽女唄公演』
■会場 表参道交差点南 NHK 青山荘
■昼の部 14:00〜16:00
■夜の部 17:00〜19:00 夜の部、終演後に懇親会
懇親会では、萱森さんから アンコールの演奏や津軽三味線の弾き語りも聞かせていただけることでしょう。
せまい会場ですので、申し込みはお早めに、下記に郵便かFAXで
萱森直子の瞽女唄をきく会・代表 川野楠己
〒224-0028横浜市都筑区大棚西3-6-1001
電話とFAX 045−591−8771
最後の瞽女・小林ハルの生涯を是非とも映画にしたい― と思い立ったのは2001年1月のことでした。 日本テレビの「知ってるつもり!」という番組で、 初めて小林ハルの存在と巡り合うことになり、 私は電撃に打たれたような強い感動を受けました。
盲目という過酷なハンディキャップを背負いながら、 厳しい芸の修行に耐え人生の荒波に揉まれて生きてきた小林ハル。 その想像を絶する過酷にして劇的な生き様に心打たれたのは勿論のこと、 そこに映された老女ハルの、あくまで深く穏やかで静かなたたずまいには、 涙を禁じえないものがありました。 長く厳しい人生を経てきた人間にのみ自ずと備わった(純化) といったものを強烈に感じ取ったのです。 ハルは、長い険しい逆境を見事に明るさに転化し得た人。 今、時代は命を軽視され、人への思いやり、命の大切さを 失いかけています。もう一度、命とは、生まれて来た意味とは、 人の本当の優しさとは・・・。映画「瞽女」命の詩を通して多くの人々に訴えかけていきたいと思ったのです。監督 瀧澤正治
平成17年(2005年)4月、105歳の長命を全うして亡くなった 最後の瞽女・小林ハルのことをご存知でしょうか。 長年の間、盲目の旅芸人「瞽女」として各地を巡り唄と三味線を糧にしながら苦難の人生を生きぬいてきた人。 昭和53年(1978年)には、瞽女唄の伝承者として 国の重要無形文化財に指定された人でもありますので、
ご存知の方も多いことと思います。
小林八ルは、明治33年(1900年)に新潟県の農家で生まれ、 生後間もなく白内障<そこひ>を患って失明。以後、盲目という過酷な運命と共に生きることになりました盲目の人間が生きる道は、按摩か門付け芸人か二つに一つ。 ハルは幼い頃から瞽女の親方に弟子入りして芸を仕込まれ、 血の滲むような辛い修行に耐え抜いて、やがて26歳の時に独立。 50歳を超える昭和20年(1950年代)頃まで放浪の旅芸人として各地を巡りながら、言葉に尽くし難い辛酸の人生を生き続けてきたのです。